チケット購入サイトを見ていたときのことである。検索欄に「青学」と入力すると1つのオンライン講演会がヒットした。井の頭自然文化園の寄付講座として実施される、「“干支にまつわるエトセトラ”『動物園で“とらやま”を守る―希少な野生動物の保全活動』」という講演会だ。講演会の詳細を見ると、講師の紹介の「青山学院大学経済学部卒」という文字が目に入った。その講師こそが、今回記事にさせていただいた井の頭自然文化園飼育展示係の唐沢瑞樹さん(02年度・済・第二部卒)である。飼育員というと、農業大を卒業したり獣医師免許を取得したりしている人を連想する。しかし唐沢さんは本学の経済学部卒である。飼育員になった経緯がとても気になった記者は、直接唐沢さんにインタビューをするべく井の頭自然文化園に足を運んだ。
井の頭自然文化園は、都立井の頭恩賜公園内に位置している。大正6年に開園して100年以上の歴史をもつ恩賜公園は、都内にあるとは思えないほど自然に恵まれた場所であった。インタビューまでまだ時間があったため、公園内を散策することにした。
神田川の水源である井の頭池の周りを歩いた。赤や黄に色づいた木々を見たり落ち葉が浮かぶ池を橋から覗いたりすることができ、目の保養となった。当日は空も晴れており、快適であっという間に時間が過ぎた。
唐沢さんとの約束の時間になり事務所に向かった。唐沢さんは素敵な笑顔で迎えてくれて、終始優しく話してくれた。卒業生向けのメールが定期的に本学から届くという。取材前日に行われた点火祭のことも既に知っており、在学中のことを懐かしんでいた。
「せっかくだからネコのところに行こう」という彼の言葉で我々はツシマヤマネコがいる檻の前に移動した。
記者が一番気になっていた飼育員になった理由を、記者が質問する前に話してくれた。
「もともとはパイロットになりたかった」と唐沢さんは語る。しかしパイロットになるための条件は厳しく、その現実に直面した。他になりたい職業はその当時なかったものの経済に興味があった彼は、大学に進学すべく一浪をしていた。一浪の末、大学と東京都の飼育員試験を受験する。残念ながら大学に合格することはできなかったものの飼育員試験には合格し、動物園で働くことになった。
記者がまず驚いたのは、飼育員試験に合格したということである。前述のように、飼育員になるためには農業大を出たり獣医師資格を保持したりしていることが必要なように感じる。しかし専攻や学歴に関する規定はなく、高校の普通科を卒業した唐沢さんも飼育員試験を受けることができたのだという。
とはいえ、他の受験者はやはり動物を専門としている人ばかりだった。ではなぜ唐沢さんは飼育員試験に合格できたのだろうか。唐沢さんによると「新聞を読んでいた」ことが功を奏したという。経済に興味のあった彼はよく新聞を読んで各種のニュースに目を通していた。あるとき動物園関連の記事を読みそれが後々まで印象に残っており、それを飼育員施設の面接で話したそうだ。その結果当時の飼育課長の目に留まり、見事飼育員になることができたのだと唐沢さんは振り返った。
しかしながら、動物に関する専門知識をほとんど持たずに飼育員になった唐沢さんは、飼育員になってからがさらに大変だったそうだ。それでも彼はめげることなく毎晩遅くまで本を読み漁ったり先輩飼育員に尋ねたりして動物の勉強を続けた。その努力が評価され、現在は環境省指定のツシマヤマネコの保護事業を任されるようになった。
次に記者が驚いたのは、唐沢さんの大学生活についてである。前述のように一生懸命動物の勉強をしていた一方で、彼は大学にも通っていた。ではなぜ自ら「働きながら通学」という決して安易ではない道を選んだのだろうか。唐沢さんから話を聴いていくなかで、彼の強い信念を目の当たりにした。本来大学進学を目指していた彼は、飼育員になってからもその目標を常に忘れずにいた。「就職したから大学に行かなくてもいいや」と考えるのではなく、就職してからも大学進学に向けて努力をした彼は都内私立大学の法学部(夜間)に入学する。しかしながら、経済を大学で学びたいと思っていた彼はその夢を諦めきれず2年から3年になる際に本学経済学部第二部に編入した。この時期に他学部へ編入することは極めて珍しいようで、そこからも唐沢さんの信念の強さがうかがえる。長い道のりを経て見事、夢であった経済学部を卒業することができた彼は「学びの年齢、場所は決まっていない」と実感したという。唐沢さんはこうも語る。「今に至るまでかなり努力をしてきた。だからこそ面白かったし今が幸せだ。この姿を自分の子どもにも見せられる」。
多大な努力をして本学に入った唐沢さんにとって、本学での思い出は特に色濃いものだそうだ。実際、卒業から20年近く経っているにもかかわらず彼はいまだに本学のチャイムの音色を覚えており、シンポジウムに参加したことや夜の学食のこと、素敵な先生がいたことなどあらゆる思い出を淀みなく話してくれた。
それでは、現在の唐沢さんの1日を見てみよう。最初にやることは展示場の掃除だ。その後ツシマヤマネコを寝室から出し、その間に寝室の掃除や餌作り日中の観察などを行う。閉園前にはツシマヤマネコを寝室に戻し餌を与え、再び観察する。飼育日誌を書いて入浴してやっと仕事は終わり、帰宅の途につく。
飼育以外にもツシマヤマネコの普及活動や人工繁殖に向けた取り組みにも力を入れており、冒頭の講演会で講師を務めたり本紙のようなメディアから取材を受けたりしているそうだ。
記者は人工繁殖について気になったので、唐沢さんに詳しく聞いてみた。ツシマヤマネコの保護事業は全国11の動物園で行われており、そのなかでも井の頭自然文化園は人工繁殖施設に指定されている。具体的な数値目標はないものの、現在対馬に100頭ほどしかいないツシマヤマネコの個体数を増やして自然に戻すことを目標にしているそうだ。井の頭自然文化園はかつてアムールヤマネコの人工繁殖に成功した実績があり、その技術を活かしてツシマヤマネコの人工繁殖に取り組んでいる。普及啓発にも力を入れており、年を取って繁殖能力が衰退したツシマヤマネコは井の頭自然文化園で展示することでその生態や住んでいる環境を来園者に知ってもらえるようにしている。唐沢さんは今なお積極的な姿勢を崩すことなく仕事に全力で取り組んでいる様子が、ツシマヤマネコについて語る唐沢さんからひしひしと伝わってきた。
最後に青学生へのメッセージをお願いした。青学生はバイタリティと多様性に溢れているとしたうえで、唐沢さんはこう語った。「大学生活をおくるなかで嫌なこともあると思うが、それも何かの糧になるかなと思えると良い。色々なことに挑戦できるのが青学生だ。青学生が頑張っている様子を見た卒業生は、『流石青学生だ』と思うとともに『自分たちも頑張らなくては』と感じる。実際自分も青学の看板を背負っていることを意識して、仕事に一生懸命取り組んでいる。それぞれの進むべき道を一生懸命走ってほしい」。