原宿にある浮世絵専門の美術館である太田記念美術館。そのコレクションは約1万5000点の浮世絵から成る。開催中の企画展、浮世絵の魅力などについて、学芸員の赤木美智さんに話を聞いた。
現在は「はこぶ浮世絵 ―クルマ・船・鉄道」展を開催している。鉄道誕生150年の今年に合わせて企画されたこの展覧会では、江戸時代から明治時代にかけての様々な輸送を描いた約65点の浮世絵を鑑賞することができる。
浮世絵は、筆で直接描いた肉筆画と木版画の錦絵に分けられる。江戸時代の印象が強い浮世絵だが、実は明治初期にもあり、鉄道開通に合わせて、多くの浮世絵が摺られた。また、当時にしかない輸送手段や、文明開化後の新たな輸送手段の馬車や人力車を描いたもの、空想の乗り物を描いたものまで制作された。
赤木さんが特におすすめする作品は3つだ。1つ目は、歌川広重の『名所江戸百景 京橋竹がし』。幕末の竹河岸と竹細工を運ぶ荷足舟を描いた、夜の叙情が印象的な作品だ。竹を表現する細かな線や、月明かりが生む陰影を表現するぼかしには、彫師、摺師の高い技術が求められたという。
2つ目は、昇斎一景の『高輪鉄道蒸気車之全図』。この作品は、鉄道開通前に描かれた。想像を膨らませたり、資料を見たりして描かれたため、客車の形が不思議なものだったり、何人もの外国人が描かれていたりするなど、実際とは異なる面白さがある。鉄道開通の話題性や需要があるために描かれた浮世絵からは、当時の人々の新しいものへの好奇心の強さと熱気が伝わってくる。
3つ目は、小林清親の『高輪牛町朧月景』。旧幕臣の清親は、洋画の表現を学び、その表現を木版画に取り入れた「光線画」を確立した絵師だ。時間による空模様の移り変わりの表現を得意としており、蒸気機関車と朧月をドラマチックに描いている。同じ鉄道をテーマにしていても、浮世絵の表現の幅は広いことがよくわかる。
浮世絵は、衣食住の様々な場面を切り取った。いわゆる「名品」と呼ばれるものから、消耗品の団扇絵まで、浮世絵は生活の細部まで入り込み消費された媒体でもあったという。「当時の人々の生活がわかることが浮世絵の魅力だ」と赤木さんは語った。
太田記念美術館は、「若い人にも見に来てほしい」と広報にも力を入れている。歌川芳員の浮世絵に描かれた虎と石が合体した謎の生き物、「虎子石」がアイコンの公式ツイッターは今年で開設10周年。運営は学芸員が行っており、作品で見てほしいところを切り取って、その魅力を発信し続けている。また「note」では有料配信で「オンライン展覧会」も開催している。これは、コロナ禍で新たに始めた試みである。いつでも家で鑑賞したり、図録の代わりとしたりして楽しむことができる。赤木さんは、本学学生に向け「浮世絵や日本美術ファンの入り口になれたら。気負わず、肩の力を抜いて見てほしい」と話した。
「はこぶ浮世絵 ―クルマ・船・鉄道」展は10月26日までの開催だ。11月1日からは「闇と光 ―清親・安治・柳村」展が開催される。「光線画」を確立した小林清親とその影響を受けた井上安治、小倉柳村の作品を取り上げる。特に柳村は作品数が少なく、ミステリアスな絵師だという。ぜひ一度訪れ、当時に生きた人々の息遣いを浮世絵から感じ取ってみてはどうか。